アンデルセンの「赤い靴」
2011/12/20(火) 18:09:17
|
885 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/18(日) 18:11:30.26 ID:BBQYFv2C0 靴といったらアンデルセンの「赤い靴」 カレンがあれほどの罰を受けるのが納得できない あの程度の行為ならお説教と一食抜きで許されるよね
889 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/18(日) 22:10:28.68 ID:e+3VpAoP0 [2/2] >>885 私もあれは納得できない。 でもどっかで読んだ解説だと、要するにあれは宗教の話で、しきたりを守れってことみたい。 教会には黒い靴でなければいけないらしい。 しかも祈りの時も靴の事ばかり考えて、神様に真剣に祈ってない。だからこその罰なんだと。
神様に対してユルユルなあなあでやってきた日本人からするとあの展開はえええー!?って思うよね。 日本だと子供にあそこまで求めないよね。 たとえ葬式に赤い靴履いてきても、アラアラまああそこの子は…ヒソヒソされて終わる。 一神教の神様って厳しい。俺様を信じないなら天罰だ!ってめちゃくちゃするしw
891 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/18(日) 23:03:38.55 ID:XyxXOiPWi [2/3] >>889 世界全般的に、自然が豊かで気候的に恵まれている地域は、多神教でゆるい傾向。 自然も気候も厳しい国程、一神教で厳しい傾向だとか。 古代ローマ帝国でも、初期は多神教。 帝国が隆盛して環境破壊が進むと、一神教のキリスト教が台頭してきたってのも、興味深い。 気候的に恵まれて自然が豊かな国は、戒律緩くても生存できる。 逆な国は、戒律厳しくして一致団結しないと、皆が生きて行けない。 多神教の様な、多様な価値観を受け入れる余裕が無いからだそうだ。
892 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/18(日) 23:08:35.26 ID:XyxXOiPWi [3/3] >>891続き
キリスト教の聖母信仰のおこりで、面白い例えを聞いた。
神=星一徹 人=飛雄馬(正しく、父と子) 聖母=明子
一徹(神)は常に厳しく飛雄馬(人)に接し、教え導いている。 (一徹は飛雄馬に愛情を注いでいるが、表現法はスパルタ一択) が、その厳しさ故に弱く幼い飛雄馬(人)は耐えられなくなる。 一徹(神)をとりなし、時には飛雄馬(人)を慰め癒す、明子姉ちゃん(聖母)の存在が必要となる。
聖母信仰は、ヨーロッパの土着宗教にあった、地母神信仰から来ているけど、 これが大々的に取り入れらた理由は、巨人の星の星家に例えると理解し易いって。
確かに、一徹みたいな父親と二人きりなら、耐えられないし。
- 関連記事
-
|
|
その他|TB:0|CM:12|▲
|
|
|
<< 元日本代表の宮本引退|ホーム|全記事一覧|痛くない注射針 >>
|
コメント
|
童話って納得いかないのいっぱいあるよね
親指姫がカエル・モグラを振ってツバメについてったかと思いきや
ぽっと出の王子とくっつくのもそう
ヘンゼルとグレーテルの継母が、特に理由もなくいなくなってるのもそう |
|
#-|2011/12/20(火) 20:03 [ 編集 ]
|
砂漠や雪国だと戒律が厳しかったりするらしいな |
|
#-|2011/12/20(火) 21:10 [ 編集 ]
|
地震や台風とか天災の多い日本でも恵まれてるんだろうか?
一神教って神の次が人間で、自然はコントロールできるって価値観だと思う。
家畜やペットって考え方自体、一神教の価値観。それが白人たちの人種差別や価値観の押し付け、につながっていると思う。
むしろ日本は自然(天災)に対する畏怖感から、あらゆるものに神が宿りあらゆるもの感謝し祈り奉ることで災いを回避しようとしてる・・・
じゃないかなあ? |
|
#-|2011/12/20(火) 21:37 [ 編集 ]
|
>>*1
いくら親指サイズだからって
カエルやモグラ等人外との縁談を
進められてうんざりしてた時に、
同じサイズで人の姿した王子が出現したから、思わずくっついちゃったんじゃないかなあと・・・ |
|
#-|2011/12/20(火) 22:44 [ 編集 ]
|
米3
恵まれてるだろ
モンスーン型で四季があり水もある、山も海も平野もある
食うには困らないし、災害は恩恵の裏返しの部分でずっと続く訳じゃないから、耐えながらなだめつつ流せば良いだけ
宗教観は米3の言うとおり
攻めいられることもなかったこともあるかもね
八百万の神は淘汰されないで多神教でいられたという
主にイスラム圏の砂漠型の地域は耐えても仕方がないが耐えなくてはいけないし、絶えず攻めたり攻められたりだったから戒律が厳しい
やわだとすぐに死んでしまう
ちなみにヨーロッパ圏は平野型で、特に災害が多いわけではない=自然に対しての恐れはあまりない=自然を加工しやすい、となって、人間>自然という価値観になる
キリスト教がどうよりそっちが先じゃね |
|
#-|2011/12/20(火) 23:49 [ 編集 ]
|
一徹は一方的な見解過ぎ。
ちゃんと見た人ならスパルタ一辺倒の父親でないことぐらい分かるはずだ |
|
#-|2011/12/21(水) 01:27 [ 編集 ]
|
北欧って多神教だよね |
|
#-|2011/12/21(水) 03:29 [ 編集 ]
|
自然が厳しいから1信教というはおかしいだろ。
インドなんか暮らすには厳しいのに多神教だし。 |
|
#-|2011/12/21(水) 03:37 [ 編集 ]
|
宗教の基本は多神教だと思う。どこもアニミズムから始まっていろんなものに(その頃の人間からみたら人知を越えてるから)神をみる。
一神教の始まりつーか広まりはどっちかっつーと政治的な問題だと思うなー。キリスト教だって政治的な絡みがなきゃここまで大きくならなかっただろ。
天候的には日本はやっぱり恵まれてる方みたいだよ。
昔聞いて納得したのが、中国に仏教が伝来した当時、仏教の輪廻転生の死生観は受けなかったらしい。
あっちも天災がなければ問題ない気候だから、徳を積めば来世で報われるって言われても「は?来世?んなのシラネ」って感じであまり定着しなかった。(むろん政治的な問題もあって後にある程度受け入れられるんだけど)
それで懲りて日本ではかなり初めから現世利益とか謳うのが出てきたとか。
東アジアの仏教って本来のものとはずいぶん違うよなー。とか思ってたんで随分納得した覚えがある。
もちろん、ここまで単純な話じゃないんだろうけど…。 |
|
#-|2011/12/21(水) 07:39 [ 編集 ]
|
ラギネイ王国 |
|
#-|2011/12/21(水) 11:10 [ 編集 ]
|
米8
政治とか歴史も関係あるんでないの
攻め入られたか攻め入られなかったか
自然が厳しいと言うより、環境(よく戦争になりがちとか)が厳しい
|
|
#-|2011/12/21(水) 22:06 [ 編集 ]
|
逆。 自然が厳しいほど多信教。 というか、そこに住む人間にとって一番こわいのが自然だと多信教 (自然災害に見舞われた回数>>>>>戦争の回数)
人間なら一信教 (戦争の回数>>>>>自然災害に見舞われた回数)
現に最後までキリスト教化に抵抗したのが 北欧やラップ人等の過酷な環境に住む スカンジナビア系の人たち。
|
|
#-|2012/02/12(日) 04:37 [ 編集 ]
|
|
|
コメントの投稿
|
|
|
トラックバック
|
トラックバックURLはこちら
http://mousouteki.blog53.fc2.com/tb.php/15427-14923bd4
|