続・妄想的日常

おかえり。 
575 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2018/05/29(火) 18:07:37.58 ID:YP2Wr6vL0.net
七回忌もうすぐで思い出した亡くなったじいちゃんに聞いた話。

じいちゃんが子供の頃は暗くなってから道ですれ違う人に「もしもし」と
声をかけあうのが習慣だったんだと。
人外のものは二度続けてもしもしと言えないそうだ。

近所の子供と計6人で神社で遊んだじいちゃんは、暗くなり始めた頃全員で神社を出た。
田んぼの間の道を抜けて集落に向かっていた途中、女が向こうからやってきた。
先頭を歩いていたじいちゃんは「もしもし」と声をかけたが相手は足を止めて黙っている。
何か話そうとしているのかとじいちゃんも他の子供たちも足を止めた。
女がスロー再生のようにゆっくり口を開いた。
暗くて顔は見えなかったが、やけに口の中が真っ黒に見えたそうだ。
「も~し~」
間延びした、地を這うように低い声で女がそう言うのを聞いて、子供達は全速力で逃げ出した。

神社から一番近い子の家に逃げ込んでその子の親に話したが
誰からかわれたんだろうと笑われる。
あれは人間の声じゃなかったと反論してもいなされるばかり。

渋々その子の家を出て、そこでようやく人数が1人足りないことにみんなが気付いた。
逃げ込んだ家の子は2人、残り4人いないといけないのに3人しかいない。
なのに誰がいなくなったのか誰も思い出せない。
いつも6人で遊んでいて、この日も花いちもんめを3人ずつでやっていた。

泣き出す子もいて、もう一度さっき別れた子達の家に行って訴えるも、
大人はみんなここの集落に子供は5人しかいないと笑い、
各々が家に帰って家族に訴えても同じ答えだったという。

いなくなった1人が男だったか女だったかも思い出せない。
でも当時二列に並んで喋りながら登校していたから間違いなく6人いた。
じいちゃんはそう話していた。

孫を怖がらせる為の与太話かもしれんけど。「牛の鳴き声みたいな気味の悪い声だった」
とじいちゃんは真面目な顔で言っていたのが忘れられない。



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873 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2018/04/25(水) 22:27:59.67 ID:X1So1YAi0.net
先生「前の席の人は後ろにプリント回してください」

一番後ろの席ワイ「楽やね」

前のやつ「はい」

ワイ「サンガツ」

先生「ではこのプリントの記載事項について説明します」

ワイ「先生プリント無くしました」

先生「は?」

周り「嘘つくなよ」

前のやつ「お前…俺が探すわ…え?本当にない」

周り「お前らふざけてんの?」

前のやつ「ちゃんと渡したよな」

ワイ「ちゃんと受け取った」

隣のやつ「受け取ってるの見てたよ」

周り「え?」

ワイ「…」

先生「チェックします…え?本当にない」

ワイ「何やこれ一体」

未だにプリントは見つかっていない

874 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2018/04/25(水) 22:51:56.49 ID:MPWnuqQ80.net
これがホントの紙隠し



799 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2018/04/19(木) 01:36:10.34 ID:Uxks3RVq.net
衝撃的というか 以前どこかにも書いた気がするんだけど
私の姉は初めての妊娠のときに流産している
そのあと子どもを3人出産していて、一番上の子が3歳くらいのときに
胎内記憶はあるのかっていう話をしていて
本人に聞いてみると「お腹の中でぷかぷか泳いでた」と言ったので、
そうだよお腹の中で泳いでたんだよ~っていう話をしてたんだけど
そしたらその後に
「〇〇ちゃんにはお姉ちゃんがいたんだよ。お母さんに会いたかったな~って言ってたよ」
と言い衝撃
もちろんその子より前に妊娠していたことも流産したことも言ってない
いたんだよっていう過去形なのもお母さんに会いたかったっていうのも切ない
姉は「そっかぁ、会いたかったんだね…」と涙目になっていた


879 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2018/04/10(火)20:52:29 ID:7iA
今、高校生
小学生のころから脳内で目の前の相手の頭に
デカイ手裏剣投げつける妄想にはまってたんだけど

今日、サラリーマンに避けられた
すげぇリアクションで避けられた
その後俺の事睨んできた
顔そらしていつもと違う電車で遠回りして逃げた
なんかマジでさいろんな意味で怖い


826 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2018/04/07(土) 19:13:04.09 ID:jI6UOg/80.net
ネパールに旅行した時、服買いに行ったらレジで仙人みたいな老人と店員が何か言い争いしてた。
言葉分からないから様子を見ていると、買った服が不良品だから交換しろと言ってるらしい。
自分は後ろに並んでいたのでその服を見てみると腕を通す穴が3つあるw。
そりゃ、仙人でも怒るだろwと見てたら、店員もこれは前代未聞の不良品過ぎてかなり疑わしい様子。
この仙人を詐欺師と思って対応してるみたいだった。そして、店員が何か決定的な悪口か何かを言って、
仙人に不良品の服を投げ返した。
仙人は数秒地面を見てて何かブツブツ唱えて腕を上げ、
ダースベイダーが超能力で相手に息を止めさせるポーズをした途端、
店員がぎゃあぎゃあ騒ぎ出し、仙人が買った服より遥かに上等な服3枚くらいと、
現金も3倍くらいの量を掴んで仙人に謝りながら手渡した。
仙人はとても嬉しそうに笑顔になって後ろにいた自分へ、
英語で長く待たせて悪かったねと言いながら貰った現金の半分を自分にくれた。



155 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2018/03/16(金) 02:00:56.74 ID:/L/maT3S.net
私が小4の頃に小6だった姉を事故で亡くしたんだけど
最近仕事辞めようか考えるほど嫌な事があって憂鬱になりながら寝たら夢の中に姉が出てきた
夢の中では姉は小6の頃のまんま、私も小学生の姿なのに
「仕事でこんな事があってね、辛くてね…」と姉に泣いて抱きつきながら相談してた
「くっつくなウゼーww」と姉に拒否されつつも「(私)って考えすぎなんだよ」と言われたり
そうやって姉と会話してる途中でハッと目が覚めて、起きたら仕事での嫌なことなんて
急にどうでもよくなってた
毎日重い体引きずるようにしてた出勤もその日の朝は体軽く軽快に出勤する事ができた
で、実家も近いので夢に姉が出てきた話でもしに実家に帰ったら母も同じ日に姉の夢を見たらしい
母も同じく、祖母の介護で疲れ果てていた時で
夢の中の姉は認知症の祖母くらいわがままで朝食にご飯を出せば
「ヤダヤダ!パンがいいー!」と茶碗ひっくり返したり
「学校行きたくない!」と家中逃げ回ったりとにかく大変だった!と言ってた
けど祖母の介護してるときにふとその夢思い出して幸せな気持ちになるんだよねぇと微笑んでた
私が小学生の時も姉は何度も私を助けてくれるヒーローみたいな存在で、
ヒーローはまだ私達を見守ってくれてるんだなと思うと
心配ばかりかけてられないなと前向きな気持ちになれたよ


112 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2018/02/28(水)12:13:05 ID:???
拙い文面はご容赦

沖縄返還の8年前に生まれた私
お盆になると、偶に沖縄戦の生き残り組だった祖父たちの奇妙で素敵な話を思い出す
前後の話を祖父から聞いて、なんでそうなったのかが分かった

自宅の近くに、頑固なのに愉快な小父さんが居た
祖父たちを大変可愛がっていたようで、沖縄戦が始まると頼りがいある兄貴的な存在だったそうだ
戦闘中、艦砲射撃かで祖父の近くで小父さんは戦死
仇を討ってやろうとやっているうちに終戦
終戦の翌日、祖父の夢枕に小父さんが立って、怒りながら
「○○、ここは我が国じゃない! 成ったら帰ってくる!」と告げて消える
他の生き残り組に伝えたら、「あの小父さんらしい。いつになるやら」という反応だった

時は過ぎて、沖縄返還で日本領に
私個人として本当の自由が見えた感じを覚えている
その年のお盆
自宅の敷地で故人の偲んでから、夜には庭で「いつもの陽気な沖縄音頭」が始まった
宴もたけなわ、私もこっそり泡盛飲んでいたので、とろーんと成り始めていたら、
祖父たちが次々と静かに
異様な状況に音頭は止んだ

静まりかえった庭で、祖父が「なあ、○○(小父)さん見えなかったか?」と一言
すると、祖父の戦友たちが「ああ」「踊っていたら見えたような」等と
私と親戚は、そのエピソードを知らないので「やだ、何それ怖い」な状態

やがて、海側から来た強い風が吹き抜けると、祖父たちはそっちにあるちょっとした林を見て、
最敬礼
そして口々に「○○さん、お帰りなさい!」
祖父たちが言うには、風のあとに林から人影があり、
ボロの戦時服を来た小父さんが出て来て、敬礼
そして「みんな、帰ってきたぞ。待たせたな」と言ったそうだ

親父は今回の背景の一端を知っていたようで、状況を把握した様で
「本当にこんなことあるんだなあ」と感慨深げ
そして間もなく「さあさあ、喜ばしいこと。楽しみましょう」と演奏を再開

祖父たちが言うには、歌って踊っているうちに小父さんの姿は見えなくなったとのこと
その年からか、祖父も含めて天寿を全うする形で亡くなって行き、一時代に幕な流れになった気がしている


128 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 11:34:08.63 ID:rZfZOc+M0.net [1/2]
死んだ爺さんの最期の悪戯

30年ほど前の元旦、豪雪地帯のド田舎に暮らしている父方の婆さんから
「爺さんが死んだ」と電話があった
婆さんがちょっと目を離したスキにモチを詰まらせ、気が付いたらポックリ逝ってたとのことだ
すぐに全国から親族が集まり、総勢40人ほどが一堂に会した
みんな突然の爺さんの逝去に取るものもとりあえず駆けつけたという慌てっぷりだった
なので足りないものは現地で買うことになる

加えてド田舎であるがゆえに火葬場やお寺はまだしも、葬儀屋や仕出し弁当等が手配できなかった
しかしボケて引退したとはいえ爺さんはかつてこの集落をメインに坊さんをやっていた
その影響でどれほど徳があるのか知らんが、婆さんもお経をフルコーラスで
読破できるようになっていた
よって婆さんの指示で通夜から火葬まで、全てを執り行うこととなった

食事一つとっても40人分となるとそこは戦場
「あれがない!」「大至急これ買ってきて!」と簡単なお使いに何度も行かされた
気が付けば野戦病院のような、台本無し&ぶっつけ本番&ぬるぽな葬儀はどうにか終わった
大往生だったこともあり、悲しさよりも「やっと終わった」「皆さんお疲れさま~」という
安堵感が漂い始めた

ここで大人が我々子供の存在に改めて気づく
「正月だというのにお年玉もなくてごめんなさいね」と
いやいや、いくら子供とはいえそれぐらいの分別はついている
とはいえ貰えるものは素直にほしいと思うのもまた子供だw

ふと一人の叔母さんが俺に「まずこれで福引を引いてきてほしいの」と頼んできた
見ればコンビニ袋にどっさりと福引券が
総額は不明だが、葬儀に際して商店街に80万ぐらいは落したのではないかとのこと
チリも積もればとはいうものの、それにしてもよくこんだけ福引券が貯まったものだ

129 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 11:35:50.71 ID:rZfZOc+M0.net [2/2]
買い物をしたのは婆さんのいるA村字B商店街だが、抽選会はA村メイン商店街で行われていた
「字Bの○○爺さんのお孫さんでしょ?せめて遅い福が当たるといいね」
と言われたことを覚えている
巨大な抽選箱に手をつっこむとすぐに異変があることに気付く
俺が自分の意志で券を引く前に、箱の中に手があって「これを掴め」と
別の券を押し当てるように薦めてくる
なぜか不思議と怖い感じはしなかった
むしろそうするのが当たり前であるかの如く、「あ、これ爺さんの悪戯だなw」と自然に受け入れた

最初の一枚がいきなり\5,000の商品券だった
その後も手に誘導されるままに引いたらほとんどハズレなし、さらに\30,000、\50,000と
高額当選が連発
そしてついに一本ずつしかない一等の\100,000(商品券)と特等の大型テレビを射止めてしまった
最初の内は「おめでとうございま~す」とカランカラン鳴らしていた商工会の人も、
後の方は(゚д゚)ポカーン だった

当初の福引券並に嵩張った商品券をドッサリ持ち帰ったらみんな大喜び
字B商店街に費やした分はほとんどプラマイゼロ、大型テレビ含めたら思いっきり黒字だったそうだ
商品券はA村でしか使えないので婆さんにプレゼントし、
代わりに婆さんからたくさんお年玉をもらった
文字通り盆と正月と葬式が一度にやってきたお祭り騒ぎとなった

さて、故人の爺さんだが
生前は「素晴らしいお坊さん」「あんななまぐさ坊主」と人によって評価はバラバラだった
どうも好き嫌いで仕事を選んでいたらしく、嫌いな檀家の所は平気でスッポかすわ二日酔いで行くわ
逆に気に入った檀家からはほとんどお布施を受け取らず、またもらったとしても檀家と一緒に
飲み明かしたり
だから僧侶とは名ばかりで、いつも貧乏して婆さんは苦労していたらしい
あの福引は「婆さんには特に迷惑かけたからなw」
と最期の懺悔のメッセージだったのだろうと思ってる

(おわり)


43 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2018/01/06(土) 06:47:33.41 ID:ASA/++Oi0.net
今年入ってからマンデラ経験した
近所のコンビニの看板の位置が移動したというか、あれ?ここだっけって違和感を感じるようになってさ
看板って信号機くらいの高さの遠くからでも見えるやつね
そんで、そのコンビニ知ってる知り合い達に確認したら5割位が「やっぱ前と位置違うよねー」って
だから昨日コンビニ入って、バイトのお姉ちゃんに聞いたのよ。
看板工事しました?位置前と違いますよね?って
そしたら、そのお姉ちゃん「最近毎日お客さんにその質問されます」って困った顔してて、
コンビニで働いてる人達にも何人か違和感感じてる人いるみたいで、その話題で持ちきりらしい。
ちなみにそのお姉ちゃんは、前と何も変わらないし違和感もないと。
オーナーも何も違和感ないと。
実際の所何も看板に関わることはしてないらしい。
すげぇ気持ち悪い感覚

68 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2017/10/28(土)12:14:21 ID:???
大学時代、近所の酒屋でアルバイトしていた
一日あける感覚で、日本酒を買って行く陽気な親父さんがいて意気投合
「じゃ、いつか飲みに行こう」「そうですね」でお別れするスタイル
その日は店長が体調よろしくないということで、夕方前に店じまい
「あー 今月の儲け少なくなるなあ」と思いながら歩いていると、陽気な親父さんとバッタリ
「良い機会だ、飲みに行こう」となって、隣町のちょっと御高めな店で良い酒を久々に味わった
親父さんの奢りだったのもあるかも
翌日、講義を終えて酒屋に行くと、店長から
「親父さん、2日前の深夜に心不全で亡くなったそうだ」と言われる
正直、混乱。昨日の夕方に道でバッタリ、お店で良い酒飲んだばかり
良くしてくれた人なので、喪服をレンタルして店長に住所を聞いて線香上げに行った
すると、親父さんの妻は誰?という顔だったが、婆さんが面識もないのに
「ああ、(私)さん? 主人が生前、お世話になりました」と。
内心、えっと婆さん知らないんですけど思いつつ、線香上げて帰ろうとしていたら、
婆さんが
「昨日、主人が夢に出て来てね、貴方が来るからって。それと卒論、頑張ってくださいね」と一言。
このサプライズに涙してしまったわ。
親父さん、無事大学卒業して、酒繋がりで酒蔵の経営スタッフしているよ。
ふらりと飲みに来ないかなあ